2019年2月23日土曜日

資料の読み方(炎上に加担するのはある集団の2.8%なのか)

はじめに


直接ゲームとしての艦これとは関係ない話題ですが、資料を適切に評価し、そこに含まれるデータを適切に利用するというのは艦これの攻略情報を収集する上でも、日常生活を送る上でも役に立つスキルです。
資料を適切に評価できるようになると、「雷装デコイ」や「中破轟沈」のような眉唾の情報に引っかかりにくくなります。また、不確定な仮説の場合でも、「確からしいこと」と「そうでないこと」を区別して攻略に役立てることができるようになります。
評価というステップを飛ばして「全肯定」「全否定」するというのは避けた方が良いでしょう。限られた時間の中で情報を取捨選択しなければならないため、あらゆる事態においてこれを行うというのは難しいことですが…

資料によっては、歴史史料・統計資料などそれを正確に読み解くために特別な訓練を必要とするものもあります。しかし、日常生活の範囲内で明らかに誤った結論を導いてしまったり、そういった言説に惑わされないことを目的とする場合、必要なのは少しだけの「疑う心」、これだけで十分でしょう。

(2019年2月17日: 初版)
(2019年2月23日: 修正した上で再公開)
(2019年2月24日: 追記)

炎上と2.8%という数字の取り扱い方


ここでは一例として、先日のラムダ氏と観察部氏のやり取りの中で挙げられた「炎上に加担する人は2.8%」という部分を取り上げます。やり取りの経緯およびその論理を完全に理解することは当事者、および彼らに親近感を抱いている方以外には困難を極めますので、ここでは直接関係する発言のみを引用します。

この調査においては、「炎上」を見かけた時に書き込みや拡散をする人は、全体の2.8%とされています。拡散を含めてさえです。…ラムダさんは批判の書き込みをしている人は1%未満だから炎上ではないとしましたが、拡散を含めた場合、この文化庁の調査データに極めて近い数字に迫ってきます。...炎上に関しては主観的判断が多いので数的論拠で語ることは不適切であり、仮に数的論拠で語るにしてもラムダさんの用いた数字は統計的に不適切であり、更に仮に統計的に問題ないとしても、炎上における文化庁の調査と有意な差異は見出しにくいというのが私の結論です。
https://twitter.com/Watch_Kensho/status/1096491643883016192
https://twitter.com/Watch_Kensho/status/1096491699595931648

要旨としては「炎上」を見かけた時に書き込みや拡散をする人は全体の2.8%、そして批判者が1%未満だとしても拡散を加味した場合2.8%という数値との有意な差異は見出しにくい」と言う事だと思いますが、果たしてそうでしょうか。統計の知識を持っている方ならばこの主張をより効果的に棄却することができると思いますが、(私のように)そうでない場合にも、用心深く資料を眺めることでこのように安易に結論を導くことを避けることができるはずです。(*1)

*1 以下の方法は統計に詳しい方から見ると回りくどかったり、無意味なやり方に思えるかもしれませんが、特別な知識を持たずとも、正しいかどうかわからないものについて少なくとも「あやしい」と疑いを持てるような手法について考えるのは無駄ではないと思います。

資料の読み方


文化庁による平成28年度「国語に関する世論調査」の結果はこちらです。

それでは、議論をする際に、自説を補強するための論拠を探し、適切かもしれない資料を見つけた場合、どのように評価すべきかを段階別に書き出していきます。ここでは具体的な例のみをあげますが、他の資料を評価する場合においても似たような手法を取ることが可能でしょう。

1.ざっと見て使えるかどうか判断する


まずはこの調査がどのようなものなのか簡単に見てみましょう。PDFの冒頭に記されているように、これは対象を全国の16歳以上の男女とした調査で、個別面接とのことです。インターネットを介して行われた調査ではありませんから、母集団にインターネットを全く利用しない層も相当数含まれている可能性が考えられます。
ツイッター上での炎上事件は、当然のことながらインターネットを定期的に利用する層によって引き起こされると考えられますので、母集団がまったく異なります。なのでこの調査における数字は自分の主張を補強する論拠として使えない、と判断するのが無難でしょう。
以下続きますが、蛇足になります。(この時点で諦めるのが最も妥当な判断だと思います。)

2.数字の内訳を見て概算してみる


それでも「使う」という決断を下した場合、年齢・性別その他の個人の属性によって行動が異なる可能性があることに注意しておく必要があります。このPDFの13ページ目には、少なくとも年齢層別での集計結果が記されているので、そちらを確認してみることにしましょう。
この資料によると、「いわゆる『炎上』を目撃した際に書き込みや拡散をする」という人は10代では5.3%、20代では10.7%、30代では3.6%となっています。艦これをプレイする年齢層に対して正確な情報がなくとも、ブラウザゲームをプレイするのは比較的時間に余裕のある、比較的若い年齢層という事が考えられます。これらの割合を仮に平均したとしても、約6.5%という数字になり、2.8%という数字からは大きく乖離しています。少なくとも、2.8%という数字を持ち出すのはやめた方がいいように思えます。

3.数字の内訳をくわしく見てみる


年齢のデータについては、ラムダ氏の国勢調査に参加した人のデータを参考として使うこともできます。
文化庁による調査での「いわゆる『炎上』を目撃した際に書き込みや拡散をする」と回答した人の割合がラムダ氏の国勢調査に参加した人のデータにそのまま当て嵌められるとすると、約6.9%という数字になります(下表参照*1)。上の概算値と近い数字になっているのは偶然だと考えられますが、どちらにしろこの話題に興味関心のある、一部の艦これクラスタの実態から大きく乖離している可能性が高い2.8%という数字を使ってしまうと、自分の主張にあわせるために数字を過小に見積もったと批判されてしまうかもしれません。
ちなみに当然のことながら、約6.9%という数字はもちろん表に出して使うべきではないでしょう。実際の調査から得られた数字ではありませんし、小数点1桁目で丸められた数字から算出した値ですので、誤差が大きいと考えられるからです。ただ少なくとも、母集団が異なると割合が大きく変化する可能性があると言う事を具体的に推測するためには役に立つはずです。

表: 異なる母集団における割合の変化
 
10代
20代
30代
40代
50代
全年代
拡散などをすると思う
5.3%
10.7%
3.6%
3.3%
1.2%
2.7%
インターネットを使用しない
1.3%
2.5%
6.3%
8.4%
17.6%
30.9%
拡散などをすると思う(*2)
5.4%
11.0%
3.8%
3.6%
1.5%
3.9%
(艦これ国勢調査における年齢層の内訳)
9.2%
41.7%
30.4%
15.8%
2.9%
 
拡散などをすると思う(*3)          
6.9%
(上「すると思う」の内訳)
0.5%
4.6%
1.2%
0.6%
0.0%
 

*1 この表では、「拡散などをすると思う」の全年代での数値は、PDFより得られるデータを元に、大体すると思うの0.5%、たまにすると思うの2.2%を合計した2.7%という数値を便宜上用いています。PDFでの2.8%という数値は、端数によるものだと思われます。
*2 母集団からインターネットを使用しない人を除外した場合。
*3 母集団からインターネットを使用しない人を除外し、艦これ国勢調査における年齢層で重みづけした場合。

4.よく読んで考える


この2.8%という数字についてですが、これは実は「いわゆる『炎上』を目撃した際に書き込みや拡散をするか」という問いに対する「大体すると思う」「たまにすると思う」という回答の合計であり、これらの内訳はPDFでは公開されていないこと、また「絶対にする」という回答ではないことに注意しておく必要があります。
ですので、個々の炎上事件に実際に参加する人の割合はより低いということが考えられます。ただし、「割合が低いかもしれない」ことを理由に2.8%という数字を1%弱という数字に近づけることはしない方がいいでしょう。どれだけ少ないのか判断するデータがないからです。都合よく1%弱におさまるかもしれませんが、1%より大きく少ないということも考えられます。

5.推論に推論を重ねて結論を導き出さない


2&3と4の合わせ技で、2.8%という数字そのものは使えなくとも、諸々の事情を加味すれば2.8%に近いものになると考える方はいるかもしれません。ただ、具体的な根拠もなく数字を操作して自分の主張にあうような数字を導き出したとしても、それは説得力を持ちません。

結び


他者によって作成された資料を用いることで、新しい知見を効果的に得ることができますが、評価の仕方を間違えてしまうとマイナスの結果をもたらしてしまうことにもなりかねません。ツイッター上でもどこでも、他人と話し合いをする際には、適切に資料を提示し、客観的な証拠を元に建設的で効果的な議論を行うことができますが、議論の参加者にデータを恣意的に解釈して提示してしまう方がいたり、また周囲の誰もがそれを指摘しない場合、不毛なやりとりに時間を浪費してしまうことになります。
また、間違ったデータを提示するのは一瞬で済みますが、それを訂正するためには多大な時間と労力が必要とされます。人間誰しも完璧ではありませんが、周囲の人間にかけてしまうコストを考えると、出来る限りミスをしないよう細心の注意を払うべきだと私は思います。(ただし、意図的に間違いを犯したわけではない場合、その人を吊るし上げて批判すべきだとは全く思いません。)
さて、他の場所から引っ張ってきた具体的なデータが間違っていた場合、それを元にした主張そのものは有効とみなせるでしょうか?これは場合によりますが、折角時間を掛けて練り上げた主張にケチが付いてしまう可能性を考慮すると、根拠とする資料は慎重に選び、よく考えた上で使いましょう。(今回の件については、私のような第三者にとっては大元の主張の意図するものが不明確なので、主張の正当性が失われるかどうかは判断がつきかねます。一般論で言えば、統計的な正確さを求めない日常会話程度であれば、気にする必要はないと思います。)

この記事では、比較的タイムリーな例として、艦これを巡る議論の中で用いられた数字の正当性を取り上げました。しかし私たちの大部分にとってより身近なのは、他の誰かと議論を行うことよりも、情報を得るために資料にあたるというケースでしょう。資料の中で根拠としてデータが用いられた場合、それをにどう向き合うべきでしょうか?発信者を信用して「全肯定」すべきでしょうか(もしくは発信者を信用せず「全否定」すべきでしょうか)、または自分に都合の良いものは「全肯定」すべきでしょうか(もしくは自分に都合の悪いものは「全否定」すべきでしょうか)?私はいずれも好ましいとは思いませんし、場合によっては有害でさえあると思います。
手間暇はかかりますが、余裕があるのならばデータそのものに向き合い、その資料が具体的に何を言おうとしているのか読み取る努力をすることは、賢く生きる際に必要なことだと私は思います。昨今、フェイクニュースが取沙汰されるようになりましたが、資料を読み取る力を付けることで、例えば発信者の利害関係に惑わされずに判断を下せるようになりますし、不毛な争いに巻き込まれるリスクも低くなるのではないでしょうか。





追記


さて、本文では明確には書きませんでしたが、私の論旨のひとつには「議論の相手にデータの厳密な扱いを求めるのなら、自身もデータを厳密に取り扱わなければならない」というものがあります。議論中に相手のダブルスタンダードを指摘するのがよいかどうかはわかりませんが(相手がよりヒートアップする可能性もあるため)、相手の主張が矛盾しているようなら(もちろん意図的かどうかに関わらず*1)議論を打ち切ってしまった方がいいでしょう。議論から逃げることは「負け」のように見えるかもしれませんが、どのみち(負けを認めないであろう)「勝つことのできない」相手といくらやり取りをしても無駄ですから。(*2)

参考資料として炎上をテーマとした論文やプレゼンテーションへのリンクを提示しておきます(ただ、適当に検索して見つかったものを挙げているだけですので、他にもっとふさわしいものがあるかもしれません)。タイトルを眺めただけでも、炎上について議論する際「国語に関する世論調査」よりもこれらの資料を用いる方が適切だとわかると思います。

大谷卓史「炎上とマスメディア最近の定量的研究を読み解く」情報管理、59/6(2016):408-413ページ
田中 辰雄「基調講演『炎上の実態とネット世論』:炎上の原因と対策」、GLOCOM View of the World シンポジウム2016、シリーズ第1回(2016年6月28日)
吉野 ヒロ子『ネット炎上を生み出すメディア環境と炎上参加者の特徴の研究』(博士論文、中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻、平成30年)

ちなみに、直接数字をいじくったりしなくとも、適当でない資料を持ってくるのは不適切と見なされうることを意識しておいた方がいいでしょう。何故かというと「より適当な資料には自分に不都合な記述があるため意図的に採用しなかった」と判断されかねないからです。(*3)

例えば、田中氏のプレゼンテーション資料の15ページ目には、「高校生のための炎上リテラシー」という項目があります。
(II)<炎上が起きてしまったら>
(1)謝るべきと思ったら謝りましょう。相手が悪いと思ったらもちろん謝らなくてかません。
(2)ひどい相手と思ったら無視しましょう。炎上時は無視してかまいません
(3)主張してもよいです。ただし理解を求める相手は攻撃者ではなく、あなたの友人です。
(4)攻撃者はごく少数であることを思いましょう。9割以上の人はあなたの味方です。
しかしこのような指針は、炎上を問題解決のための有効手段と考える人にとっては、好ましいものではありません。と言うのも、「炎上してしまった」と周囲が認める状況に至った段階で、対象が(場合によっては過剰ともいえる)防御行動を取ることに対して正当性を与えてしまうことになるからです。



*1 世の中にはわざと間違ったことを言って相手の反応を見る人がいますが(いわゆる「釣り」)、議論中にそういう事をする方とはまじめにやり取りをしない方がいいと思いますよ。
*2 後述の田中氏のプレゼンテーション資料の「高校生のための炎上リテラシー」にも「議論の種類を区別しましょう。議論には2種類あり、相互理解のための議論と相手を倒すための議論があります。どちらをしているのかをはっきりさせて、合わない時は切り上げましょう。」とあります。
*3 逆に言えば「相手を倒すための議論」においては資料の選定すらも攻撃材料になりうるということなのですが。





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追記

ラムダ氏と観察部氏の件については、あくまで傍観者の観点ですが、論理的に筋が通ってなくても相手が悪い(と思う)から構わず批判する、というのは過日の検証共同関連の方々を思い起こさせる部分があったので記事を書きました。軽く眺めた限りでは、苦言を呈している人もいないようなので、これはさす...